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前橋地方裁判所 昭和57年(ワ)331号 判決

原告

塩野圭作

被告

青木重機有限会社

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し、各自、金三、七七七万七、二九四円及び内金三、六〇七万七、二九四円に対する昭和五五年四月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを九分し、その八を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

五  被告らにおいて金一、五〇〇万円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し、各自、金四、三〇〇万円及び内金四、〇〇〇万円に対する昭和五五年四月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決及び担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二請求の原因

一  本件事故

被告青木芳行(以下、被告青木という。)は、昭和五四年九月七日午後四時四五分ころ、伊勢崎市連取町四六四番地の四有限会社「サカイ」伊勢崎店新築工事現場において、クレーン車(大型特殊自動車群八八さ一九二三号。以下、本件クレーン車という。)を運転、操作して右建物の外壁用に使用するALC版(長さ約三・七三メートル、幅約〇・三九メートル、厚さ約〇・一メートル、重さ約一〇〇キログラム)を地上から約一三メートルの高さまでつり上げたうえ、同所に降下させる仕事に従事していたところ、右ALC版に結び付けられてこれを右クレーン車のフツクに連結していたナイロンスリング(長さ約一・八メートル、幅約五センチメートル。以下、本件ナイロンスリングという。)を右新築工事現場のジヨイント金具に引つかけてしまつたため、降下させていた右ALC版の重さでその結ぶ力の緩んだ右ナイロンスリングから右ALC版(以下、本件ALC版という。)を地上に落下させ、直下の地上でALC版の取付け作業に従事していた原告の右手にこれを激突させて、原告に対し、加療約七か月を要する右手関節離断を伴う右手挫滅等の傷害を負わせた。

二  被告らの責任

(一)  被告青木につき

同被告において本件クレーン車を運転、操作してALC版を降下させるにあたつては、ALC版を結んでいるナイロンスリングを工事現場の足場のジヨイント金具等に引つかけると、ALC版の重さ等でナイロンスリングが緩み、ALC版が抜けて地上に落下するおそれがあるから、当時工場現場の足場の上でALC版の降下を誘導していた訴外根岸幸雄の合図に従つて降下させるのはもとより、右降下させようとした直下の地上でALC版の取付け作業に従事していた原告を避譲させてその安全を十分確認したうえでALC版を降下させるべき注意義務があるのに、これを怠り、クレーン車を運転、操作して本件ALC版を地上約一三メートルの高さまでつり上げたが、右根岸の降下の合図を待たず、かつ、原告を避譲させる等の措置を講じないまま、これを降下させた過失によつて、本件事故を惹起させたのである。

したがつて、同被告は民法第七〇九条により原告に対し後記損害を賠償する責任がある。

(二)  被告青木重機有限会社(以下、被告会社という。)につき被告会社は、本件事故当時本件クレーン車を所有し、自己の営業のためにこれを運行の用に供していたものである。

したがつて、被告会社は自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)第三条により原告に後記損害を賠償する責任がある。

三  治療及び後遺障害

(一)  原告は、前記受傷のため、いずれも関口外科病院において、昭和五四年九月八日から同月二一日までの一四日間の入院により、次いで同月二二日から昭和五五年四月一九日までの間実日数九日間にわたる通院により、それぞれ治療を受けた。

(二)  そして、同月一九日症状が固定し、右手関節以下欠損及び右前腕回外制限(零度乃至七〇度)の後遺障害を残存するにいたり、右前者の事由により自賠法施行令第二条後遺障害別等級表五級の認定を受けた。

四  損害 総計 七、七三一万五、六二〇円

(一)  治療関係費 合計 二八万九、七八八円

1 治療費 二二万一、五六八円

原告は前記入、通院により右治療費を負担した。

2 入院付添費 四万九、〇〇〇円

原告は前記入院期間中付添看護が必要であり、妻塩野美枝子がこれをなしたが、その費用は一日あたり三、五〇〇円、合計四万九、〇〇〇円が相当である。

3 入院中諸雑費 一万四、〇〇〇円

原告は前記入院中雑費として一日あたり一、〇〇〇円、合計一万四、〇〇〇円を支出した。

4 通院交通費

原告は前記九日間の通院治療のためバス代一回(一往復)あたり五八〇円、合計五、二二〇円を支出した。

(二)  休業損害 二九五万八、九〇四円

原告は、昭和五四年二月から訴外石和博夫、同宮内克二及び同根岸幸雄の三名と共同で石和工業の名称で代表者を右石和と定めて外壁材の取付工事に従事しており、本件事故当時一か月四〇万円の収入を得ていたが、事故翌日の昭和五四年九月八日から前記後遺障害の固定した昭和五五年四月一九日までの二二五日間休業せざるを得なかつたため、次のとおり合計二九五万八、九〇四円(円未満切捨て)の得べかりし利益を喪失した。

(算式) 400,000×12/365×225=2,958,904

(三)  逸失利益 六、五〇六万六、九二八円

原告は、前記後遺障害により、その労働能力の七九パーセントを喪失したところ、昭和二七年五月二三日生れの男子で右後遺障害が固定した日の翌日である昭和五五年四月二〇日当時満二七歳で、その後満六七歳まで四〇年間就労可能であり、かつ、前記のとおり本件事故当時一か月四〇万円の収入を得ていた。

そこで、右収入の年間合計四八〇万円を基礎とし、年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除して右就労可能期間中の逸失利益の現価を求めると、次のとおり合計六、五〇六万六、九二八円となる。

(算式) 400,000×12×0.79×17.159=65,066,928

(四)  慰藉料 九〇〇万円

原告が本件傷害により蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては九〇〇万円をもつて相当とする。

五  損害の填補

原告は、次のとおり、労働者災害補償保険(以下、労災保険という。)及び自動車損害賠償責任保険(以下、自賠責保険という。)から支払を受けた。

1  労災保険分 合計 四四一万九、六五〇円

(1) 治療費 二二万一、五六八円

(2) 休業補償給付金 一七四万五、一九八円

(3) 障害補償年金 二四五万二、八八四円

(昭和五七年一〇月分から昭和五八年一〇月分までの既支給額の合計である。)

2  自賠責保険分 合計 一、一九七万〇、四二〇円

(1) 受傷に対し 一八万〇、四二〇円

(2) 後遺障害に対し 一、一七九万円

六  損害賠償債権額

原告の右債権額は、前記(四)損害額合計七、七三一万五、六二〇円から前記(五)填補分合計一、六三九万〇、〇七〇円を控除した残額六、〇九二万五、五五〇円となる。

七  弁護士費用

原告は、原告訴訟代理人に本訴の提起、追行を委任し、相当額の報酬の支払いを約したが、その報酬額は三〇〇万円を下らない。

八  結論

以上の次第で、原告は、被告青木に対しては民法第七〇九条により、被告会社に対しては自賠法第三条により、前記損害賠償債権の一部である四、〇〇〇万円及びこれに対する後遺障害固定の日の翌日である昭和五五年四月二〇日からその支払ずみまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに弁護士費用三〇〇万円を、それぞれ支払うよう求める。

第三被告らの認否及び抗弁

一  認否

(一)  請求原因一の事実は認める。

(二)  同二の事実につき

1 同(一)の事実は争う。

本件事故は後記二の(一)1のとおり訴外根岸幸雄の過失によつて生じたものであつて、被告青木にはなんらの過失もない。

2 同(二)の事実中、被告会社が本件事故につき本件クレーン車の運行供用者であることは認めるが、その余は争う。

被告会社は後記二のとおり免責されるものである。

(三)  請求原因三の事実につき

1 同(一)の事実は認める。

2 同(二)の事実中、原告の後遺障害がその主張の五級に該当することは認めるが、その余は不知

(四)  請求原因四の事実につき

1 同(一)の1の事実は認める。

同2の事実中、原告が入院期間中付添看護を要したことは認めるが、その余は不知

同3及び同4の事実はいずれも不知

2 同(二)の事実中、原告が昭和五四年二月からその主張のとおり訴外石和博夫らと共同で石和工業の名称で外壁材取付工事に従事しており、本件事故当時一か月四〇万円の収入を得ていたことは認めるが、その余は争う。

原告の事故当時までの六か月間の収入は合計二一二万円で、その平均月収は三三万三、三三三円にすぎないから、収入の基礎を一か月四〇万円とするのは不当である。

3 同(三)の事実中、原告が昭和二七年五月二三日生れの男子であること及び本件事故当時の月収は認めるが、その余は争う。

その主張の収入の基礎が不当であることは前記のとおりである。

また、原告は昭和五五年一二月から昭和五七年二月までパチンコ店店員として勤務し、月収一〇万円の給与を得、同年四月から妻とともに飲食店を経営しているのであつて、これらの事実は、原告の労働能力喪失の程度の判断にあたり斟酌されるべきである。

4 同(四)の事実は争う。

(五)  請求原因五の事実はいずれも認める。

(六)  同六の事実は争う。

(七)  同七の事実は争う。

二  抗弁

(一)  免責の主張

1 本件事故の責任者は訴外根岸幸雄である。すなわち

被告青木において、本件ALC版を本件クレーン車でつり上げ、降下させるにあたり、現場の二階にいてALC版を誘導する役目であつた同訴外人がゆつくり降下する本件ALC版を両手で保持したので、徐々に降下させたのであるが、かかる場合、同訴外人においてはこれが工事現場の足場の止め金等に当らないよう十分注意して保持しなければならないのに、これを怠り、本件ALC版のナイロンスリングを足場の止め金に引つかけたため、これがナイロンスリングから外れて落下し、下にいた原告の右手に当つて原告が重傷を負つたものである。それ故、同訴外人が十分注意して本件ALC版を保持して降下させたならば、本件事故は発生しなかつたのであるから、本件事故の責任は同訴外人にあり、被告青木には操作上の過失は全く存しない。

2 被告会社は本件クレーン車の操作運行に関し注意を怠らず、かつ、同車には、本件事故の原因となる構造上の欠陥や機能の障害はなかつた。

3 したがつて、被告会社は自賠法第三条但書によつて免責されるべきである。

(二)  過失相殺

原告は、本件事故当日朝から訴外根岸幸雄、同石和博夫、同宮内克二及び被告青木とALC版の取付作業に従事しており、このALC版は重量一〇〇キログラムもあるもので、落下するおそれのあるかなり危険な作業であることは十分承知していたし、ALC版を降下するに際しては、安全確保のためその度毎に互に連絡し合つていたわけではない。

しかるに、原告は、本件事故時に取付個所で計測などをしていて、ALC版の落下の危険になんら注意を払わずに、つり上げられた本件ALC版の真下にいたものであつて、これは重大な過失というべく、その過失割合は五割以上とみるのが相当である。

(三)  損益相殺等

本件損害額から、原告の自認する労災保険分及び自賠責保険分(請求原因五の1、2)のほか、次の給付金も控除すべきである。

1 障害補償年金

原告は労災保険から昭和五八年一一月分以降生涯にわたつて三か月毎に五六万六、〇五〇円(一年間合計二二六万四、二〇〇円)の右年金を受給することが確定しているのであるから、これを逸失利益から控除するのが当然である。

2 休業特別支給金 五八万一、〇〇〇円

障害特別支給金 一五〇万円

原告は労災保険から右各支給金をすでに受給ずみである。

第四被告らの抗弁に対する原告の認否

一  抗弁(一)の事実は争う。

本件事故は専ら被告青木の過失によるものであるが、仮に訴外根岸になんらかの過失があるとしても、右両名の共同不法行為が成立するにすぎない。

二  同(二)の事実は争う。

原告、被告青木、訴外根岸幸雄、同石和博夫及び同宮内克二らにおいて、各作業の分担を定めて共同で本件外壁取付作業を行つていたものであつて、原告としては右各人を信頼して自己の仕事をなすほかはない(ALC版の落下の危険を考慮しながら仕事をすることは不可能である。)のであるから、原告にはなんらの過失もない。

三  同(三)の事実につき

1  同1の事実中、原告において被告主張の年金を受給することが確定していることは認める。

しかし、未だ現実に支払いがなされていない以上、これを控除すべきではない。

2  同2の事実は認める。

しかし、右各特別支給金は労災福祉事業による給付であつて損害の填補を目的とするものではないから、控除すべきではない。

第五証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因一の事実(本件事故)は当事者間に争いがない。

二  被告らの責任の有無

(一)  被告青木につき

1  右当事者間に争いのない事実及び成立に争いがない乙第二号証乃至第五号証、乙第九号証乃至第一四号証並びに証人根岸幸雄の証言、原告、被告会社代表者兼被告青木の各本人尋問の結果を考え併せると、次の事実が認められる。

(1) 訴外株式会社大鉄において、訴外有限会社「サカイ」から本件建築現場における店舗の新築工事を請負い、その建物外側部分の工事を訴外井上産業株式会社に下請させ、同井上産業は、さらに、そのALC版(外壁材)の取付作業を石和工業こと訴外石和博夫及び被告会社に下請けさせた。

原告は、右石和、訴外宮内克二及び同根岸幸雄と共同で石和工業の名称で代表者を右石和と定めて外壁材の取付工事に従事しており(この点は当事者間に争いがない。)、被告青木は被告会社の代表者で、かつ被告会社所有の本件クレーン車を運転、操縦する仕事に従事していた。

(2) しかして、原告ら右石和工業の四名及び被告会社は昭和五四年九月五日には取付作業の準備をなし、翌日からALC版の取付作業を始めたが、当時その対象の新築中の建物は一部二階建てで、地上高さ約八・九メートルの鉄骨の骨組みが作られ、その外側周囲には右骨組みから約三〇乃至四〇センチメートルの間隔を保つて右骨組みより高く鉄製パイプの足場が組まれていた。

本件事故当日の同月七日は午前九時ころから取付作業を開始したが、その仕事の手順等は、次のとおりであつた。すなわち

(イ) 被告青木は、本件クレーン車をALC版の取付個所に近接して停止させたうえ、これを操縦し、訴外石和の合図に従つて地上に置かれたALC版(長さ約三・七三メートル、幅約〇・三九メートル、厚さ約〇・一メートル、重さ約一〇〇キログラム)をそのブームで前記足場より高く約一三メートルの高さまでつり上げ、次いで、訴外根岸の誘導によつてこれを取付個所付近に徐々に降下させる。

(ロ) 訴外石和は、地上に置かれたALC版にナイロンスリング(長さ約一・八メートル、幅約五センチメートル)を結び付けてこれを本件クレーン車のブームのフックに引掛けて、被告青木に手でつり上げの合図を送る。

(ハ) 訴外根岸は、前記鉄骨の最上部にいて、ALC版を降下させる周囲に原告ら他の従業員がいないのを確め、或いは、「行くぞ。」と声を掛けるなどの警告をして原告らを避譲させたうえ、被告青木に手で合図して、ブームでつり上げられたALC版を自己の手許に移動、降下させ、これを両手で押えて、鉄骨と足組みの間から徐々に降下させるように誘導する。

(ニ) 訴外宮内は、鉄骨の二階部分にいて降下されたALC版の上部を骨組みに熔接して固定する。

(ホ) 原告は、右宮内の直下の一階地上(土台付近)で右ALC版の下部を右同様骨組に熔接して取付ける。

(ヘ) 被告青木においては、本件クレーン車の運転席から取付個所や原告の作業状況を十分確認できる状況にあつた。

(3) 右手順どおりに、もとより訴外根岸においては毎回降下付近の安全を確めたうえ、被告青木にALC版の移動、降下の合図を送つており、順調に作業が進められてきた。

しかるに、本件事故時においては、原告においてALC版取付作業の一環としてその取付予定個所の土台部分にこれが設計図どおり収まるかどうかの計測等の仕事に専念していたところ、被告青木は、原告の動静に注意を払わず、かつ訴外根岸の合図がないのに、つり上げたALC版を取付個所の上部付近に移動、降下させ始めて本件ナイロンスリングを前記足場のジヨイント金具に当ててしまつた。そのため、ナイロンスリングが緩んで本件ALC版がこれから抜け落ちて、右作業中の原告の右手に激突した。

(4) 被告青木は、本件事故当時まで約六年間にわたつてクレーン車を操縦してALC版の降下作業を経験してきており、その間二回位、本件と同様、降下作業中にALC版を結んでいるナイロンスリングを足場のジヨイント金具等に当ててALC版を地下に落下させたことがあり、右作業に伴う危険を十分に認識していた。

以上のとおり認めることができる。被告会社代表者兼被告青木本人尋問の結果中右認定に相違する部分は措信できず、成立に争いがない乙第六号証乃至第八号証中右認定に反する部分も前掲各証拠に対比して採用できない。

2  右認定事実によれば、被告青木においては、クレーン車を操縦して本件のごときALC版の降下作業中における落下の危険を十分に認識していたものであるから、共同作業者間における安全確保の手順を遵守し、或いは、他の作業員の安全を確めたうえでクレーンを操縦すべきであるにも拘らず、これらを怠つたために本件事故を招来したことが明らかである。(なお、被告らは訴外根岸の過失の存在を主張するが、本件全証拠によつてもこれを認め難い。)

したがつて、被告青木は民法第七〇九条により原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告会社につき

被告会社が本件事故に関し本件クレーン車の運行供用者であることは当事者間に争いがないところ、その運転者である被告青木に過失のあることは前記認定のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、被告会社の免責の抗弁は理由がないことが明らかである。

したがつて、被告会社もまた自賠法第三条により損害賠償義務を負うべきである。

三  原告の過失の有無

原告において、前記認定のとおり本件ALC版の落下時にはその取付作業の一環としてその取付個所の土台部分の計測等をしていたところ、原告本人尋問の結果によると、その際ALC版の落下の危険をなんら予測することもなく、したがつてまた、ブームの動静に全く注意を払つていなかつたことが明らかである。

しかしながら、前記認定のように本件事故前までは各共同作業者において定められた安全確保のために手順に従つて作業が遂行されてきたのであるから、原告としては、自己の仕事の遂行中は他の作業員の行動を信頼して自己の作業に専念すれば足りるのであつて、特段の事情のないかぎり、その作業の円滑な遂行を妨げることになるような注意までもしなければならないとはとうてい解し難い。

そうとすれば、原告においてすべにALC版がつり上げられて移動しつつあるのに気付きながら敢えて前記計測等を継続していたなどの特段の事情の認められない本件においては、仕事に専念していた原告に過失相殺の前提となるべき不注意があつたものとはいえないところである。

したがつて、この点に関する被告らの抗弁は理由がない。

四  損害

(一)  治療経過及び後遺障害

請求原因三の(一)の事実(治療経過)は当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第八号証の一、二及び原告本人尋問に結果によつて同(二)の事実(後遺障害)を肯認することができる(後遺障害の等級の点は当事者間に争いがない。)。

(二)  損害 合計 五、二四六万七、三六四円

1  治療関係費 合計 二八万九、七八八円

(1) 治療費(請求原因四、(一)の1の事実) 二二万一、五六八円

この点は当事者間に争いがない。

(2) 入院付添費(同2の事実) 四万九、〇〇〇円

原告が前記入院期間中付添看護を要したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第五号証によれば、原告の妻美枝子が右期間中付添看護をなしたことが明らかであるから、その費用としては原告主張どおりに認めるのが相当である。

(3) 入院中諸雑費(同3の事実) 一万四、〇〇〇円

入院期間、傷害の程度等に照らし、原告主張どおりに認めることができる。

(4) 通院交通費(同4の事実) 五、二二〇円

弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第六号証により原告主張どおり認定することができる。

2  休業損害及び後遺障害固定日までの逸失利益 二九五万八、九〇四円

(1) 原告が訴外石和ら三名と共同で外壁材取付工事に従事し、本件事故当時一か月四〇万円の給与を得ていたことは当事者間に争いがない。

しかして、原告が前記のとおり、昭和五四年九月八日から関口整形外科病院に入、通院して治療を受け、昭和五五年四月一九日後遺障害が固定したものであるところ、原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第七号証及び同結果に徴すると、右手関節以下欠損のため外壁材取付作業に従事することは不可能となつたため、昭和五四年九月二二日共同経営の前記石和工業を退職し、右後遺障害固定までその症状上就労できない状態がつづき、この間稼働による収入は皆無であつたことが認定できる。

(2) 右認定したところによれば、事故翌日の昭和五四年九月八日から後遺障害固定の日の昭和五五年四月一九日までの二二五日間は就労不可能のためその間得べかりし利益全額を喪失したもと解することができるから、その損失は原告主張どおり合計二九五万八、九〇四円(円未満切捨て)となる。

(算式) 400,000×12/365×225=2,958,904円

3  逸失利益 四、〇二一万八、六七二円

(1) 原告が昭和二七年五月二三日生れの男子であることは当事者間に争いがないから、後遺障害が固定した日の翌日の昭和五五年四月二〇日から四〇年間は就労可能であることが推認できる。

しかして、原告本人尋問の結果によると、原告は昭和五五年一一月ころから昭和五七年二月まで一か月一〇万円の給与でパチンコ店に勤めた後、同年四月から妻美枝子の経営する飲食店の営業に従事して現在にいたつていることが認められる。そこで、この事実と、自賠責保険関係において原告の後遺障害は自賠法施行令第二条別表五級該当と認定されていること、その障害の部位・程度、原告の年齢、就労可能期間、及び漸次仕事に対する適応能力が増進するものと推認されること、その他諸般の事情を総合勘案すれば、原告の労働能力の喪失の程度は、後遺障害固定の日の翌日から五年間は七五パーセント、その後三五年間は四〇パーセント、とみるのが相当である。

(2) そこで、本件事故当時における収入一か月四〇万円(前掲甲第七号証によると、事故前三か月間も同額であつたことが認められる。)、年四八〇万円を基礎とし、年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除して逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、合計四、〇二一万八、六七二円となる。

(算式)

〈1〉 4,800,000×4.3294×0.75=15,585,840

〈2〉 4,800,000×(17.1590-4.3294)×0.4=24,632,832

〈1〉+〈2〉=40,218,672

4  慰藉料 九〇〇万円

本件事故の態様、原告の受傷・後遺障害の部位・程度等本件口頭弁論に顕われた諸般の事情を勘案すれば、慰藉料としては原告主張どおりに認めるのが相当である。

五  損害の填補等 合計一、六三九万〇、〇七〇円

(一)  原告が労災保険分四四一万九、六五〇円、自賠責保険分一、一九七万〇、四二〇円以上合計一、六三九万〇、〇七〇円の支払を受けたこと(請求原因五)は当事者間に争いがない。

(二)  損益相殺等の抗弁

被告らのこの点の主張は、次のとおりいずれも理由がなく、排斥すべきである。

1  障害補償年金

原告において被告ら主張どおり昭和五八年一一月分以降の右年金を継続して受給し得ることが確定している事実(抗弁(三)の1)は、原告の自認するところであるけれども、未だその現実の支給がなされていない以上(現在未支給であることは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争いがない。)、本件損害額からこれを控除するのは相当でない。

2  休業特別支給金及び障害特別支給金

原告が右各支給金の給付を受けたことはその自認するところであるが、右各支給金は、国が福祉事業として、業務上の災害で負傷した者の療養生活の援護、社会復帰の促進等、その福祉増進の目的で支給するものであつて、損害填補の性質を有するものではないから、本件損害額からこれを控除すべきものではない。

六  損害賠償債権額 合計三、六〇七万七、二九四円

以上認定したところから、原告の右債権額は、前記(四の(二))損害額合計五、二四六万七、三六四円から前記(五の(一))填補分合計一、六三九万〇、〇七〇円を控除した残額三、六〇七万七、二九四円となる。

七  弁護士費用 一七〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額その他諸般の事情を斟酌すると、損害賠償として請求し得る弁護士費用は一七〇万円をもつて相当であると認める。

八  結論

以上の次第で、原告に対し、被告青木は民法第七〇九条により、被告会社は自賠法第三条により、各自、三、七七七万七、二九四円及びうち弁護士費用を控除した三、六〇七万七、二九四円に対する後遺障害固定の日の翌日である昭和五五年四月二〇日からその支払ずみまで民法所定五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。

したがつて、原告の本訴請求は右の限度においては正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山之内一夫)

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